ミサイルとはもともとは 「ミサイル・産業・平和」
飛び道具といった意味であったが、近年はロケットあるいはジェットエンジンのような自動推進装置を備えて高速で飛行する兵器をさすことが多くなった。
現在使われているミサイルは、飛行中に進路を修正しながら目標に誘導する装置を利用しており、誘導ミサイルGuided Missileとよばれることもある。
また国によってはミサイルとよばず、ロケット、ロケット兵器、あるいは誘導兵器とよぶこともある。
1232年に中国で、金の軍がタタール軍との戦争で使った飛火槍という兵器が、記録に残っている最初のロケット式兵器であるとされている。
これは、槍の先に火薬をつめ、轟音とともに火焔を噴き出して相手を威嚇する兵器であったらしい。
15世紀になって明代に使われた飛槍とよばれる兵器が、火薬の噴射ガスの反動で槍を遠くに飛ばすもので、これが推進力としてのロケットの軍事利用の最初であるとみなすほうが正しいようである。
第一次世界大戦に敗れて、ベルサイユ条約で中口径以上の大砲の開発・所有を禁止されたドイツでは、1929年末から陸軍が大型ロケット兵器の開発を始めた。
ペーネミュンデにつくられたロケット開発センターでは、ドルンベルガーの下でフォン・ブラウンが、液体燃料を使ったロケットの開発にあたった。
42年10月に発射実験を行ったA4ロケットは、初めて超音速で320キロメートルを飛行した。
このロケットはアルコールを燃料とし、液体酸素を酸化剤として使っていた。
これに750キログラムの火薬弾頭をつけたV2号兵器は、44年9月8日ロンドンに向けて発射されて以来、約2700発がイギリスとオランダに向けて発射された。
このうちロンドンに落下したのは517発であったとされている。
またドイツ空軍は、やはり第二次大戦末期に、パルスジェットエンジンをつけた無人飛行機Fi103を開発した。
これに900キログラムの爆薬をつけたものを、ヒトラーがV1号兵器と命名した。
V2号より先に、1944年6月以降ロンドン攻撃を開始し、1万発以上が発射された。
しかしV2号が超音速であったのに比べ、V1号の速度は当時の戦闘機なみであり、途中で撃墜されるものが多かった。
現在使われているミサイルは、飛行中に進路を修正しながら目標に誘導する装置を利用しており、誘導ミサイルGuided Missileとよばれることもある。
また国によってはミサイルとよばず、ロケット、ロケット兵器、あるいは誘導兵器とよぶこともある。
1232年に中国で、金の軍がタタール軍との戦争で使った飛火槍という兵器が、記録に残っている最初のロケット式兵器であるとされている。
これは、槍の先に火薬をつめ、轟音とともに火焔を噴き出して相手を威嚇する兵器であったらしい。
15世紀になって明代に使われた飛槍とよばれる兵器が、火薬の噴射ガスの反動で槍を遠くに飛ばすもので、これが推進力としてのロケットの軍事利用の最初であるとみなすほうが正しいようである。
第一次世界大戦に敗れて、ベルサイユ条約で中口径以上の大砲の開発・所有を禁止されたドイツでは、1929年末から陸軍が大型ロケット兵器の開発を始めた。
ペーネミュンデにつくられたロケット開発センターでは、ドルンベルガーの下でフォン・ブラウンが、液体燃料を使ったロケットの開発にあたった。
42年10月に発射実験を行ったA4ロケットは、初めて超音速で320キロメートルを飛行した。
このロケットはアルコールを燃料とし、液体酸素を酸化剤として使っていた。
これに750キログラムの火薬弾頭をつけたV2号兵器は、44年9月8日ロンドンに向けて発射されて以来、約2700発がイギリスとオランダに向けて発射された。
このうちロンドンに落下したのは517発であったとされている。
またドイツ空軍は、やはり第二次大戦末期に、パルスジェットエンジンをつけた無人飛行機Fi103を開発した。
これに900キログラムの爆薬をつけたものを、ヒトラーがV1号兵器と命名した。
V2号より先に、1944年6月以降ロンドン攻撃を開始し、1万発以上が発射された。
しかしV2号が超音速であったのに比べ、V1号の速度は当時の戦闘機なみであり、途中で撃墜されるものが多かった。
update:2010年02月18日
